- 仏教入門-非常識な10の質問を世界の天才100人に!驚愕の正しい仏教入門!by中村僚

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仏教入門

仏教入門


 さて、ここでは仏教入門として

 仏教の基本的なことを学んでみましょう。

 でも非常識に見えるかもしれません。

仏教入門(葬式とは)


 「仏教で葬式をしているのは何ですか?」

 本来、葬式は仏教ではありません。

 お釈迦様は一度もされたことはありません。

 仏教がインドから日本へ伝わる途中、

 中国で、道教とまじったものです。
 
 たとえば、以下の本にこう書かれています。



 釈迦仏教は、もともとお葬式とは無関係です。大乗仏教が中国

 に入ってきて、やがてお葬式と付き合う宗派ができて、そこか

 ら葬式仏教はは始まったのです。

          (村井幸三『お坊さんが困る仏教の話)




仏教入門(仏教とは)


 「じゃあ仏教って何ですか?」
 
 仏教とは、「仏の教え」ということです。

仏教入門(仏とは)


 「そしたら仏って何ですか?死んだ人のことじゃないんですか?」

 仏を死んだ人と思っているのは、たいがい日本人です。

 たとえば、

 「隣のばあさん、とうとう仏になってしまったわ」
 
 と中国の人に言うと、びっくり仰天して

 「えっ!?そんな尊いおばあさんがおられるんですか?
  
 ぜひあわせて下さい!!」

 となるそうです。


 なぜなら、「仏」とは、低いものから高いものまで

 52あるさとりの中で最高のさとりの名前です。
 
 その最高のさとり、また、その仏という尊いさとりを

 開いた人を仏とか、仏様というからです。

仏教入門(何をさとるの?)


 「仏のさとりというのは何をさとるの?」

 大宇宙の真理です。
 
 真理といっても、数学的真理、科学的真理ではありません。

 すべての人が本当の幸福になれる真理のことです。

仏教入門(仏教の根幹)


 「じゃあ仏教って非科学的なの?」

 仏教が非科学的かどうかは、

 あとで天才科学者たちに直接、聞いてみましょう。

 とりあえず、仏教の根幹は、因果の道理です。

 仏教を木にたとえると、根っこであり、幹にあたります。

 根っこや幹を切ったら、木はたおれ、枯れてしまいます。

 七千余巻といわれる膨大なお経は、

 すべて因果の道理に立脚して説かれています。

 仏教を説かれたお釈迦様に聞いてみましょう。



「一切法(万物)は因縁生なり」(大乗入楞伽経)

「仏教は因縁を宗とす。仏の聖教は浅より深に至る。
一切法を説くに因縁の二字を出ざるを以てなり」(維摩経)




仏教入門(大安とか占いとか)


 「でも仏教って、大安とか、占いとか言って、神を拝んだりしてない?」

 それは仏教ではありません。

 仏教を説かれたお釈迦様に聞いてみましょう。



「如来の法の中に吉日良辰をえらばず」(涅槃経)



(仏の教えでは、大安や仏滅など、日の善し悪しは言いません。)



「天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を
 視ることを得ざれ」(般舟三昧経)



(天を拝んではいけません。死んだ畜生や人間の霊を神とする
 「鬼神」をまつってはいけません。大安や仏滅などの日の善し
  悪しを見てはいけません。)



「占相を離れ、正見を修習し、決定して深く罪福の因縁を信ずべし」(華厳経)



 (占いをやめ、ものごとを正しく見て、深く因果律を信じなさい。)

 このように、

 「拝んだりまつったり、占ったりしてはいけませんよ

  因果律を信じて、頑張りなさいよ」と教えられているのが、

 本来の仏教なのです。

 ですから、残念ながら、仏教では、

 拝んでもお金は儲かりませんし、病気も治りません。

 成績もあがりません。

 むしろ仏教では、因果律により、

 「お金が欲しければ働きなさい」

 「病気を治すには、病院に行きなさい」

 「成績を上げたければ、勉強しなさい」

 となってしまいます。

仏教入門(仏教の目的)


 「結局、仏教の目的は何?」

 仏教の目的は「抜苦与楽」です。

 「抜苦与楽」とは、苦しみを抜き、楽を与えるということです。
 
 因果の道理に立脚して、

 苦しみの根元を抜き、

 本当の幸福を与えるのが仏教のねらいです。

 では、仏教に教えられる本当の幸福とは何か

 いまだにほとんど知られていない秘密を

 以下のサイトにまとめてあります。

 生きる意味

仏教入門(物理)

仏教入門(物理学)


仏教入門(西洋文明先取り)


 ここ200年間で多くの天才達が、協力して成し遂げてきた

 西洋文明を東洋では、2600年前から当然のことのように

 みな知っていました。

 しかもそれは、たった一人のお釈迦様によって明らかにされた

 驚異的なことです。

仏教入門(物理学を先取り)


 物理学は17世紀、ニュートンが、すべての日常的な運動を
 
 以下の美しい三つの法則で説明してしまいました。

 (1慣性の法則・2運動方程式・3作用・反作用の法則)

 ところが20世紀に入り、高重力場の世界や、ミクロの世界では、

 ニュートン力学が成り立たないことがわかり、現代物理学の

 2つの柱ができてきました。

 それが、相対論量子論です。

 現在、人類の知っているあらゆる物理法則は、この2つから

 導けます。

 (これを統一した、すべてを説明できる理論はまだ未完成です。

 そんなのができたらと思うと、ロマンチックですね。)

仏教入門(相対論)


 相対論は、20世紀最高の天才科学者アインシュタイン

 アインシュタイン 仏教入門
アインシュタイン(Wikipedia)
 
 一人で作り上げてしまいました。


 これは、高重力場や、光に近い速さでは、

 時間がゆっくり流れたり、長さが短くなったり、

 時空がゆがんでしまうという想像を絶する世界です。


 身近なところでは、カーナビに使われています。


 人工衛星で位置を特定する時、地上の重力場と

 宇宙空間の無重力状態では時間の流れる速さがずれているので

 相対論的な修正をしないと、1メートル単位の正確な位置が

 わからないのです。


 それまではみんな(神がこの世界を作ったということで)

 共通の時間の流れの中を

 共通の空間に生きていると思われていましたが、

 実は、一人一人が異なる世界に生きているのです。


 しかし、仏教では、2600年前から、

 すべての人は、一人一人が生み出した世界に生きていると
 
 教えていますので、東洋では常識でした。

 アインシュタインは、物理的な考えを、究極に突きつめていくと、

 仏教に説かれる概念と、酷似したものがあると言って、

 次のようにも言っています。



 現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものがあるとすれば、

 それは仏教です




仏教入門(量子論)


 相対論がアインシュタイン一人に理論化されたのと対照的に

 量子論は、アインシュタインを含む多くの人に理論化されました。

 その量子論の父と言われるのがノーベル賞物理学者ボーアです。

 ボーア 仏教入門
 ボーア(Wikipedia)

 ミクロの粒子は、アナログ量ではなく、とびとびのデジタル量しか
 
 持たないと言い出しました。

 実は、自然は、つきつめてゆくとデジタルだったということです。

 その後、シュレーディンガーがミクロの粒子は波であると言って
 
 シュレーディンガー 仏教入門
シュレーディンガー(Wikipedia)

 波動方程式を生み出しました。

 そのシュレーディンガーはこう言っています。



西洋科学へは東洋思想の輸血を必要としている。

(精神と物質)


 
 また、位置と運動量が同時に確定できない

 不確定性原理で有名なハイゼンベルク

 ハイゼンベルク 仏教入門
 ハイゼンベルク(Wikipedia)

 は、ミクロの粒子はやっぱり粒子であると言って、

 行列力学を作り出しました。

 そして、ボストンでの講演で、次のように言っています。



 過去数十年の間に、日本の物理学者たちが物理学の発展に対し

 て大きな貢献をしてきたのは、東洋の哲学的伝統と、「量子力学」

 が、根本的に似ているからなのかもしれません。


 

 そして、ボーアは、ミクロの粒子は見方によって波であり、

 見方によって粒子であると言い、次のように言っています。



原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダ

 や老子といた思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、

 大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我

 々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。




 その後、ハイゼンベルクが言っているように、日本の物理学者たちが

 活躍しましたが、その代表が日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹です。

 湯川秀樹 仏教入門
 湯川秀樹(Wikipedia)

 中間子論を発表しました。そしてこのように言っています。



 素粒子の研究に、ギリシャ思想は全く役に立たないが、仏教には

 多くを教えられた。




 さらに、カリフォルニア大学バークレー校の物理学科長

 ジェフリー・チュウは、

 これまでの素粒子クォークなしで

 「部分が全体に影響し、全体が部分に影響する」と考え、

 最新の実験結果を見事に説明する

 ブーツストラップ理論をつくりあげました。

 ところが、ある日、高校生の子供が、自分が斬新なアイデアで

 苦労して作った最新理論をしゃべり出したのです。

 父:「どこでそんなこと知った?」
 
 子:「学校で習った」

 父:「どうして学校で習うんだ?」

 子:「東洋哲学の仏教の時間に習ったよ」

 父:「何だその仏教というのは」

 こうして、何かの偶然かと思ったようですが、

 本当に2600年前に、東洋人は自分の理論を知っていたと

 わかり、顔面蒼白になっています。



 1969年のことです。当時、「東洋哲学」の勉強をしていた高校生

の息子が、大乗仏教について私に話してくれたときの驚き、悔し

さはいまでも鮮明です。私は、仏教とはおそろしく非科学的な感

じの概念と思っていましたから、の理論との結びつきにひどく狼

狽しました。それから、ずいぶん時間はかかりましたが、当初の

狼狽や当惑は、やがて、畏怖(いふ)の念に変わっていきました



 
 こうして、ミクロの世界では、形や位置など、実体としては

 あいまいで、むしろ色々な性質や状態が集まった出来事として

 できている世界だとわかってきました。

 ところが、諸行無常諸法無我が、旗印の仏教では、

 すべてのものは因縁によって生じ、固定不変な実体はない

 というのは常識です。



一切法(万物)は因縁生なり。(大乗入楞伽経)


 

 西洋ではキリスト教と対立し、なかなか科学を受け入れ

 られませんでしたが、仏教では、文明開化で急速に科学を受け入れ

 られたのは仏教のおかげだと、比較思想学のパイオニア

 東大の中村元名誉教授は言っています。



 科学的因果論は、原因と結果の単線的かつ排他的結びつきだけを

 説くものです。これに対し仏教の説く因果論(律)では、存在す

 るすべてのものが結果を生み出すことに関係すると考えます。

 このように考えると、単線的因果論では偶然としか説明できなか

 ったことも、すべて結果を生み出す(間接的)原因として、積極

 的に意味づけされます。

  高名な物理学者ハイゼンベルクが最終的に到達した学説も、こ

 のような複線的・総合的な因果論でした。

 日本人は、釈尊の教えを通じてこのような総合的因果論に親しん

 でいたので、明治以降、欧米の科学思想が入ってきたとき、仏教

 と対立することなく科学思想を受け入れることができました。

 近大ヨーロッパにおける科学とキリスト教との対立を考えると、

 日本人はこの点で一歩進んでいたといえるでしょう。これは仏教

 のおかげです。




 

仏教入門(科学)


 こうして、ニュートン力学までは対立していた科学も、

 現代物理学となってようやく、仏教の入り口に近づくことができたのです。

 仏教入門できるかもしれません。

 CDを開発したソニーの技術者・土井利忠氏はこう言っています。



従来は、宗教と科学というと、両極端にあり、対立するもの、

そして相容れないものと考えられてきた。

たしかに、「ニュートン力学」のレベルの科学は、宗教とは相容れない。

そして、一般の人が心の中に持っている「科学」という概念は、

実はほとんどの場合「ニュートン力学」のレベルにとどまっている。

だから、宗教と科学が対立して見えるのだ。

二〇世紀に入ってから、科学は大きな変容を遂げた。

アインシュタインの「一般相対性理論」や、素粒子の物理学である「量子力学」など、

従来の「ニュートン力学」の概念を大幅に塗り替える理論が確立したからだ。

とくに「量子力学」は、少し深く読むと宗教的な概念と

決して矛盾しないような解釈が可能になってくる。

『「仏教の宇宙観」は量子力学の世界に通ず』




  しかし、お釈迦様は科学者ではありませんでした。

 お釈迦様が仏教を教えられたねらいは何だったねでしょうか?

 いまだに科学が到底たどりつかないすごい秘密を

 以下のサイトにまとめてあります。

 生きる意味

仏教入門222 湯川秀樹2

日本で初めてノーベル賞を受賞した

湯川秀樹(1907-1981)は、素粒子の研究に

仏教を学んでいたほど、仏教を深く信じていました。


晩年の論文には、



この世の中で、物理学でわかる世界はほんのわずかであり、
ほとんどは科学でわからない。それは仏陀だけが知っている。
(『前衛』通号675 1996.7 pp.66〜81)



とまで書いています。


仏教における因果の道理など、

仏教の科学的な側面は、

以下のサイトで学ぶことができます。

仏教講座.com

仏教入門221 ショーペンハウアー

仏教入門221 ショーペンハウアー



ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer 1788~1860)は、

31才で主著『意志と表彰としての世界』を出版すると、本を出さなくなります。

やがて19年後『自然における意志について』を世に出します。

それは、冒頭に書かれたように
「著者の哲学が登場して以来、経験的諸科学によって
その正しさが保証されたことを論ずる」
ためでした。

その最後のほうに、ショーペンハウアーは仏教について論じ、

(この宗教は)その内的卓越性と内的真理ゆえに、
あらゆるもののなかの第一等とみなされるべきである。

(ショーペンハウアー『自然における意志について』)


と書いています。

仏教220 H・G・ウェルズ


仏教入門220 H・G・ウェルズ



イギリスの著名な作家であり、

歴史家としても世界の文化史を著した

H・G・ウェルズ は、

仏教は、現代の思想と調和する、世界史上最も深遠な教えであることに、

比較的早い段階で気づいています。



現在では原典の研究で明らかになったように、

釈迦の根本的な教えは、明晰かつシンプル、

そして現代の思想に最も密接な調和を示す。

仏教は世界史上知られる最も透徹した知性の偉業である

ということに議論の余地はない。

(H・G・ウェルズ "The Outline of History")



このことは、以下の

長南瑞生の新刊『生きる意味109』

という本に出ています。

→詳細を確認する


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