仏教入門134(日本史編)紫式部 - 仏教入門-非常識な10の質問を世界の天才100人に!

仏教入門-非常識な10の質問を世界の天才100人に! ホーム » スポンサー広告 » 日本史 » 仏教入門134(日本史編)紫式部

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仏教入門134(日本史編)紫式部

仏教入門

仏教入門(日本史編)


仏教って一体どこから来たのでしょう?

先日お釈迦様はどこの国の人かある人に聞いたら、

「自分の県の出身じゃないのか?」

と聞かれました。

そここで、非常識な

仏教入門

として

日本史上の人物の言葉を通して仏教の足跡を見てみましょう。


その134 紫式部



 世界最古の長編小説、ダンテの『神曲』シェークスピアの戯曲と

 並ぶ、世界三大古典とも評される『源氏物語』の著者、紫式部

 紫式部 仏教入門
 紫式部(Wikipedia)

 (むらさきしきぶ 生没年諸説あり)は、中古三十六歌仙の一人

 として、小倉百人一首にも選出されています。



  めぐり逢ひて 見しやそれとも 分かぬ間に

             雲隠れにし 夜半の月かな

                 (小倉百人一首 紫式部)


 久しぶりに逢ったのに、それともわからないうちに月が雲に隠れ

 てしまった…と詠んでいますが、「源氏物語」では「雲隠れ」の

 巻の前後に、光源氏は出家し、亡くなってしまいます。

 この歌は、せっかく大切な人にめぐり逢えたばかりなのに、もう

 別れの時がきてしまったという会者定離を詠んだ歌だとも言われ

 ます。

 時は末法を目前にした平安時代、同時代人として有名な源信僧都

 が「往生要集」をあらわし、急速に他力易行の浄土仏教が広まっ

 ていった時代でした。

 源氏物語は、そんな源信僧都の思想を背景に、その時代、あらゆ

 る才能に恵まれた美貌の皇子・光源氏の恋の遍歴、因果応報のこ

 とわりと、もののあはれを描かれた、日本文学史上最大の傑作と

 されています。サイデンステッカーなどによる英訳で、海外でも

 有名です。
 

 ちなみに、物語の最後の方に、



そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。



 と登場し、大活躍するのは、もちろん、源信僧都がモデルです。
 

 さて、その源氏物語の一番最後に出てくる和歌は、



「亡き人を偲ぶることも何時までぞ今日のあはれは明日の我が身を」

                  (源氏物語 紫式部



 今日は亡き人を偲んでいますが、明日は我が身と歌っています。

 紫式部が亡くなった後、1052年、世は末法に入ったとされ、藤原

 頼通が、父・道長の別荘、宇治殿を平等院と改め、翌年、国宝の

 阿弥陀如来が安置された鳳凰堂を建立しています。

PS
 そしてそれは常に、あなたのお手元の10円玉に描かれています。


 では、その仏教には何が教えられているのでしょうか?

 いまだにほとんど知られていない秘密を

 以下のサイトにまとめてあります。

 仏教に学ぶ生きる意味
スポンサーサイト
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://lifemeaning.blog126.fc2.com/tb.php/142-28e21a0c

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。