仏教入門104(日本史編)義経と弁慶 - 仏教入門-非常識な10の質問を世界の天才100人に!

仏教入門-非常識な10の質問を世界の天才100人に! ホーム » スポンサー広告 » 日本史 » 仏教入門104(日本史編)義経と弁慶

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仏教入門104(日本史編)義経と弁慶

仏教入門

仏教入門(日本史編)


仏教と聞くと、そうしき?と思う人が多いですが、

じつはお釈迦様は、一度も葬式をされませんでした。

ではお釈迦様は一体何を教えられたのでしょうか。

仏教の深い内容は人類の到達した最高の思想といわれ、

世界中の有名人・偉人達からほめたたえられています。

このブログでは、仏教の入門としてもいいように、

そんな仏教をほめたたえる言葉を集めてみました。


■その104 義経と弁慶




 牛若丸で有名な、源義経(みなもとのよしつね 1159~1189)は

 義経と弁慶 仏教入門
 義経と弁慶(Wikipedia)

 源義朝が平清盛に敗北したことから、鞍馬寺に預けられました。

 五条大橋で1000本の刀を集めようとしていた武蔵坊弁慶(む

 さしぼうべんけい ?~1189)と出会い、兄である頼朝が平家打倒

 の兵を挙げると、はせ参じて、鵯越による一ノ谷の奇襲、暴風雨

 の中、船で出撃しての屋島の奇襲、壇ノ浦の八艘飛など、知略と

 勇気によって平家を滅ぼし、最大功労者となりました。

 ところが、それが頼朝のねたみをかい、今度は義経が追討される

 側になります。京都から三重、岐阜を通って東北へ逃げてゆきま

 すが、途中、富山県の小矢部川を渡る時、どうしても船で渡らね

 ばならなりませんでした。


 ところが、ここにも義経の人相書きが出回って、渡し守から疑わ

 れます。その時弁慶

「なまじお前が義経ににているから、渡れんではないか」

 と、杖で義経の体を容赦なくたたきつけたのです。

 義経はみるみるうちにアザだらけになりました。

 このまま殺してしまうのではないかと慌てた渡し守は、本当に義経

 ならば、こんなことをするはずがないと思い、

「もうよい、もうよい、早く行くがよい」

 と乗船を許可したのです。

 川を渡り、安全な場所までうつった時、弁慶は突然義経の足元に

 突っ伏し、号泣しながら詫びました。

「殿をかばうためとはいえ、この手で打ち据えたこと、どうかお許

 しくだされ、どうかお許しを・・・」

 あざだらけの顔で義経

「それもこれも、義経を思ってのこと」と感謝したといいます。

 そんな義経弁慶にも最後の時がやってきます。

 二人の辞世の句は次のように伝えられています。



「六道の道の ちまたに君待ちて 弥陀の浄土へすぐに参らん」

                      (武蔵坊弁慶

「のちの世も またのちの世も めぐりあはむ

              そむ紫の雲の上まで」(源義経

             (そむ紫の雲の上……弥陀の浄土)



かくて、奥州衣川にて、弁慶は仁王立ちのまま死し、義経享年31歳

にて自害、平家追討の最大功労者でありながら、非業の最期を遂

げました。

時あたかも戦乱の世があけ、鎌倉幕府が開かれる3年前の、

1189年4月30日。

他力易行の仏教を開かれた源信僧都や法然上人によって、それまで

貴族か修行者に限定されていた仏教の救いが、貴族・武士・庶民へ

と開かれ、いよいよどんな人でも救われる本当の仏の慈悲が、日本

全国へ急速に広まってゆこうとしている時代のことでした。


 では、その仏教には何が教えられているのか。
 
 以下のサイトにまとめてあります。
 
 仏教に学ぶ生きる意味

スポンサーサイト
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://lifemeaning.blog126.fc2.com/tb.php/110-2fe62867

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。